デジタル給与払いとは?
デジタル給与払いとは、企業が銀行口座を介さずにスマートフォンの決済アプリや電子マネーを利用して給与を支払う新たな制度です。実施には従業員の同意が必要であり、企業が一方的に導入を強制することは認められていません。
厚生労働省は、2022年11月にデジタル給与の導入に関する労働基準法の改正省令を公布しました。また、2023年4月には資金移動業者からの申請受付を開始し、デジタル給与の実施準備をスタートしました。そして2024年8月にPayPay株式会社が国内ではじめて指定資金移動業者と認定され、デジタル給与が実用化されたのです。
デジタル給与払いの仕組み
デジタル給与払いは、企業から従業員へ銀行を介さずに電子マネーで給与を直接支払う新しい仕組みです。資金移動業者が人事給与システムと従業員のデジタル口座をつなぐシステムを構築し、企業にサービスを提供します。
従来の給与支払いでは、企業は銀行口座を通じて従業員に給与を振り込む必要があり、銀行振込手数料の負担が発生していました。一方、デジタル給与払いでは、企業アカウントから従業員アカウントへ直接給与が支払われるため、銀行振込手数料の負担をなくすことができます。
デジタル給与払いが導入された背景
デジタル給与払いの導入は、単なる技術革新ではなく、社会構造や働き方の変化、多様な労働者のニーズに対応するための制度改革として進められてきました。ここでは、その導入に至った背景を政策的・社会的観点から整理します。
「新たな生活様式」に対応した規制改革推進政策の一環として
デジタル給与払いの導入は、新たな生活様式に対応したキャッシュレス化推進政策の一環として実現しました。
政府は新型コロナウイルス感染症対策として非接触型の決済手段を推進し、デジタル化による生活様式の変革を目指しています。変革の一環として2023年4月からデジタル給与払いを正式に解禁し、企業の給与支払い方法の選択肢を拡大しました。
外国人労働者の受け入れ拡充に向けた施策の一環として
デジタル給与払いの導入は、増加する外国人労働者の金融サービスへのアクセス改善を目的として実現しました。2024年10月末時点での国内の外国人労働者数は約230万人と過去最高を記録し、前年比で約25万人増加しています。
来日直後の外国人労働者にとっては、銀行口座の開設に時間がかかることが多く、給与の受け取りに支障をきたすケースが発生していました。さらに、6か月以上の滞在期間や長期滞在ビザなど、口座開設に必要な条件を満たせない人も少なくありません。
デジタル給与払いでは、決済アプリやプリペイドカードを通じて給与を受け取ることができるため、こうした外国人労働者にとってのハードルが大きく軽減されます。
キャッシュレス決済の推進、金融サービス提供の拡大、国際競争力の強化
デジタル給与払いは、日本のキャッシュレス決済比率の向上と国際競争力の強化を目指す政府の取り組みの一環として導入されています。
2024年のキャッシュレス決済比率は42.8%となり、過去最高を更新しました。政府が掲げていた「2025年までにキャッシュレス決済比率を40%に引き上げる」という目標は達成されましたが、主要各国の水準と比べると、依然として差があります。今後は、さらなる普及を図り、最終的には80%という世界最高水準を目指しています。その一環として、デジタル給与払いも推進されています。
デジタル給与払いの導入は、企業の負担手数料軽減や従業員の利便性向上を実現させ、国内の金融サービス市場を活性化させることにつながります。さらに、「外国人労働者への給与支払いの円滑化」「フリーランスへの即時支払い」など多様な働き方への対応が可能になるのです。外国人労働者にとって魅力的な労働環境を作り上げ、日本の労働市場の国際競争力を強化することが期待されています。
厚生労働省の調査で一定のニーズがあると判断されたこと
厚生労働省の調査によると、デジタル給与払いは約4割の被雇用者や個人事業主が検討すると回答したため実現しました。また、国内における利用見込み者数は約130万人に達し、市場規模は約1兆3,000億円と推計されています。
一方、Works Human Intelligenceの調査によれば、給与デジタル払いを検討している企業は26.3%でした。これは、「検討しているが利用は未定」「検討していないが、これから検討予定」を合計した割合です。
デジタル給与払いに対する企業の動向
2004年に実施された帝国データバンクの調査によれば、デジタル給与払いの導入に前向きな企業は全体の3.9%で、88.8%の企業が導入予定なしでした。
デジタル給与払いの導入に慎重な理由を、以下の表にまとめました。
慎重な理由 | 割合 |
---|---|
業務負担の増加 | 61.8% |
制度やサービスへの理解不足 | 45% |
セキュリティリスクの懸念 | 43.3% |
一方、デジタル給与払いの導入に前向きな理由は、以下のとおりです。
前向きな理由 | 割合 |
---|---|
銀行振込手数料の削減 | 50% |
従業員へのポイント還元 | 28.8% |
チャージ作業の省力化 | 26.9% |
三菱総研DCSによれば、企業の57.4%は他社の動向や従業員のニーズを見極めたいと回答しています。今後は、他社の導入状況や従業員のニーズによって普及率が上がっていくと予想されます。
デジタル給与払いの3つのメリット
デジタル給与払いのメリットは、以下のとおりです。
デジタル給与払いのメリットを理解したうえで、自社に導入するかどうかを従業員調査などを通じて検討しましょう。
1.労働力が確保しやすくなる
デジタル給与払いは、外国人労働者の受け入れの促進が可能なため、企業の人材確保に大きな効果をもたらします。
従来の給与支払い方法では、銀行口座の開設手続きが障壁となり、外国人労働者の雇用機会を逃すケースが多く発生していました。しかし、デジタル給与払いでは決済アプリやプリペイドカードへ送金できるため、外国人労働者の採用がスムーズになります。
2.企業イメージのアップにつながる
デジタル給与払いの導入は、先進性・革新性を印象づけるため企業のイメージアップにつながる可能性があります。
デジタル給与払いを積極的に取り入れる企業の姿勢は、多様性を重視し、社会の変化に適切に対応できるという印象を与えます。たとえば、LINEの調査からは、20代の若手層の半数以上がデジタル給与払いを導入する企業に好感を持つとの結果が得られました。
さらに、働き方改革や従業員満足度向上への取り組みに前向きだとアピールできるため、優秀な人材の採用や確保にもつながります。
3.ポイント還元がされる
デジタル給与払いでは、従業員は給与の受け取りと同時にポイント還元やキャッシュバックなどの特典を獲得できます。
たとえば、福利厚生の一環としてデジタル給与払いによるポイント還元制度を活用すれば、従業員満足度の向上が可能です。また、給与のデジタル払いを選択した従業員は日常的な買い物でもポイントを貯めることができるため、実質的な収入増加も期待できます。
デジタル給与払いの3つのデメリット
デジタル給与払いのデメリットは、以下のとおりです。
デジタル給与払いにはいくつかのデメリットも存在するため、十分に課題を把握し、慎重に導入を検討しましょう。
1.口座の入金上限額が100万円
デジタル給与払いの最大のデメリットは、資金移動業者の口座残高の上限額が100万円に設定されていることです。
この制限があるため給与や賞与の全額をデジタル給与で受け取れない場合があり、そうなると銀行口座との併用が必須となります。口座残高が100万円を超過すると、自動的に事前登録した銀行口座へ資金が移動される仕組みだからです。
2.資金移動業者が限られる
デジタル給与払いで利用可能な資金移動業者は、2025年2月時点で厚生労働省から指定を受けた以下の2社のみです。
- PayPay株式会社
- 株式会社リクルートMUFGビジネス
現在、楽天Edy株式会社・楽天ペイメント株式会社の2社が、資金移動事業者として申請しています。厳格な審査基準により指定を受けられる業者は限定的となり、当面の間は選択肢が狭くなる見通しです。
3.セキュリティリスクがある
デジタル給与払いには、フィッシング詐欺やなりすまし攻撃による情報漏えいなど、深刻なセキュリティ上の脅威が存在します。近年、給与関連の詐欺メールは巧妙化しており、以下のような手口が増加しています。
セキュリティ上の脅威 | 手口 |
---|---|
口座情報の不正入手 | 企業の人事部になりすまして従業員の口座情報を入手 |
個人情報の窃取 | 給与明細の確認を装って個人情報を盗み取る |
また、スマートフォンの紛失や盗難による、デジタル給与アプリへの不正アクセスや個人情報の流出リスクも懸念されます。
デジタル給与払いの課題・将来性・セキュリティ対策を考えよう
デジタル給与払いは、企業と従業員の双方にメリットをもたらす革新的なシステムへと進化を遂げています。2024年8月にPayPay社が国内初の指定資金移動業者として認定されたことにより、デジタル給与の実用化が本格的にスタートしました。
デジタル給与払いは、特に銀行口座の開設が難しい外国人労働者にとって、金融サービスへのアクセスを改善する手段として期待されています。現在、多くの企業が従業員のニーズや社内体制を踏まえ、デジタル給与払いの段階的な導入を検討し始めています。ただし、課題も残っています。例えば、資金移動業者の口座には100万円までという残高上限が設けられており、高収入の従業員への対応には注意が必要です。また、デジタル上で給与情報を扱うことになるため、セキュリティ対策も非常に重要です。
セキュリティの課題に対しては、VPNやマルウェア対策ソフトなどのセキュリティツールを活用することで、情報漏洩やフィッシング被害のリスクを軽減することができます。たとえば、NordVPNが提供する「脅威対策Pro™」のようなサービスは、オンライン上のさまざまな脅威から通信を保護する機能を備えています。
企業がデジタル給与払いを導入する際には、コストや利便性だけでなく、セキュリティ対策を強化し、リスクを最小限に抑えましょう。
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